叶わぬ恋だと分かっていても
 そのままにしておけば一週間持たないということで、明日、胆管のバイパスを作る開腹手術を受けることになっている。

 お母さん自身もその話は主治医から聞かされていたはずなのに、全然悲嘆した様子を見せず「手術すればいいだけよ? 大丈夫。お母さん、なのちゃんの花嫁姿を見るまでは絶対死なないから」と微笑んでいた。

 今日の外出の勧めは、母の手術前に父が私に与えてくれた息抜きみたいなもの。
 私がずっと根を詰めて母に付き添っていたことを知っていたからこその、両親からの優しさだった。

 なのに私はそんな日に――。

「ねぇ菜乃香(なのか)。お母さん、単刀直入に聞くね? 貴女、もしかしてまだ《《緒川さんと》》続いてるんじゃない?」

 お母さんはあえて私を〝菜乃香〟と呼んで、なおかつ〝あの人〟とか誤魔化したりせず、ズバっとなおちゃんの苗字――緒川(おがわ)――を出して切り込んできた。

 私はお母さんからの真っ直ぐな視線を受けて、ヒュッと喉の奥が詰まるような錯覚を覚える。

 お母さんには、なおちゃんとの旅行の後、渡したお土産の中に彼の名前が入ったホテルの領収が混ざっていて、不倫だけはダメ、と止められた過去があった。

 あの時、私はお母さんを悲しませたくなくてなおちゃんと別れようとしたけど、結局出来なかったのを思い出す。


(こ、れ……は何て答えるのが正解?)

 ――『もぉ、お母さんったら。何バカなこと言ってるの? とっくに別れたに決まってるじゃない』

 きっとそう告げて、ニコッと笑うのがベストだよね?

 なのに――。
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