叶わぬ恋だと分かっていても
***


 電話を切って小さく吐息を落としたと同時。

「なのちゃん、今の電話の相手って……」

 すぐ隣からタツ(にい)の声がした。

「彼氏……だった、人……」

 恐る恐る答えた私に、タツ兄の静かな視線が刺さる。
 分かってる。タツ兄が聞きたいのはそこじゃないよね。

「……で、妻、帯者……」

 観念したようにそう付け加えたら、喉の奥がヒリヒリと張り付いたように声が(かす)れた。

 お母さんにはこちらの不注意でなおちゃんとのことに気付かれてしまったけれど、タツ兄は違う。

 私はタツ兄にはわざと、なおちゃんとの関係は不倫だったのだと聞いてもらったんだもん。

「幻滅、した……よね」

 タツ兄が黙り込んで口をきいてくれないことに耐え切れなくなった私は、自嘲気味につぶやいてタツ兄の様子をうかがった。

 でも。
 しばらく待ってみてもタツ兄はやっぱり何も言ってはくれなかったから。

「伝えなくてもいいことをあえてバラして……嫌な思いをさせて……ごめんね。でもね……私」

 そういうのを隠したまま、何食わぬ顔でタツ兄の胸に飛び込むなんてこと、出来なかったの。

 そう続けようとして。

(そんなことを彼に伝えて何になると言うんだろう?)

 そう思ったら言葉が出てこなくて……。
 私はタツ兄から視線を逸らさずにはいられなかった。


「あの……前に告白してくれたの、忘れてくれて大丈夫だから」

 消え入りそうな声音でそう言うと、私はそっと席を立った。

 そのままタツ兄に背中を向けてゆっくりと歩き出して。
 ロビーの出口に差し掛かったところでポロリと涙が頬を伝ったことに自分自身で驚いた。

 なおちゃんにサヨナラを告げた時には出なかった涙が、何で今頃あふれてきたんだろう。

 ゆっくりと歩を進めながら、次から次に流れ落ちてくる涙に、私は自分の気持ちが全然分からなくて。

 ただ頭の中でぼんやりと。

(お母さんごめんね。私、さっきしたお母さんとの約束、何ひとつ果たせそうにないよ)

 そう思った――。
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