叶わぬ恋だと分かっていても
***

 腹水をたっぷり吸った布地は、ずっしりとした重さとともに、およそ生きた生物から出たにおいとは思えない生臭い異臭を放つ。

 お母さんがそれを気にしていたのを知っていたから。
 私はお母さんの尊厳を守りたい一心でそんな洗濯物からの臭いが漏れないよう、細心の注意を払いながら二重に重ねたビニール袋の口をギュッと固く縛る。

「また明日来るね」

 私は今にも壊れそうな心と身体に(むち)打って、お母さんに笑顔を向けた。

 そんな私に、お母さんはどこか寂しそうな……申し訳なさそうな顔をして「なのちゃん、いつも有難うね。気を付けて帰ってね」と手を振ってくれる。

 大好きなお母さんのためだと思えるから。
 私はしんどくても何とか立っていられるの。


***


 エレベーターに乗り込んで壁にもたれ掛かるようにして、手にした洗濯物の入った手提げ袋をグッと握り直す。

 一階ロビーに着いて正面入口を見やると、篠突く雨が景色をぼんやりと霞ませていた。

 またあの雨の中を、この重い荷物を持って歩き回らないといけない。

 総合病院の駐車場は病院のすぐ近くにあるけれど、何せ収容台数が多い。
 日によってはかなり離れた所に車を停めないといけなかったから。

 傘をさした状態で、この荷物を持って歩かないといけないと思うと、自然と吐息が漏れてしまう。

 エレベーターを出てヨロヨロと歩いて。

 正面入口の自動ドアを抜けて、屋根越し。
 ひっきりなしに大粒の雨を落とす鈍色(にびいろ)の空を鬱々(うつうつ)とした気持ちで見上げていたら、突然背後からグイッと荷物ごと身体を引っ張られた。

「ひゃっ」

 驚いて振り返った私に、
「荷物、重いんだろ? 持ってやるよ」
 懐かしい、低い声が投げかけられた――。
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