叶わぬ恋だと分かっていても
「ああでもない、こうでもないと思い悩んでる内に退院なんかと重なってバタバタしちゃって……。ここを出る日、なのちゃんに連絡しようかとも思ったんだけど……意気地(いくじ)がなくて出来なかった。……本当にごめん」

 あの日、何も言えずにいたタツ兄に、『告白してくれたの、忘れてくれて大丈夫だから』と告げて立ち去った私の後ろ姿を思い出すと、どうしても勇気が出せなかったんだとタツ兄が言う。

「ホントはあの時、すぐにでも『大丈夫だよ。僕は気にしない』ってなのちゃんを引き留めるべきだったのに……。僕の中のなのちゃんは幼い頃の印象が強すぎて。不倫をしていたと告白してくれたキミと、僕の中のなのちゃんがどうしても結びつかなかった」

 何年も会わずにいたのだ。
 その間に自分が知らないなのちゃんが増えていることは仕方がないことじゃないかと――。
 それでもその不毛な関係を自分の目の前で断ち切ってくれたなのちゃんを僕は信じるべきだったんじゃないのか?と――。

 そう自分に言い聞かせ、心に折り合いを付けるのに随分時間を要してしまったのだとタツ兄が淡く微笑んだ。
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