叶わぬ恋だと分かっていても
***

 週末のお見舞いの時、タツ兄と一緒に病室を訪れたら、お母さんが大きく瞳を見開いた。

建興(たつおき)くん……」

 長いことご無沙汰だったのだ。

 突然のタツ兄の来訪に、お母さんが驚くのも無理はない。


「――タツ兄ね、ちょっと前に退院したの。それでね、色々バタバタしてて……私もずっと会えていなくて――」

 不倫のことをタツ兄が知っていると言うのは、お母さんには黙っておこうと彼が言って。

 私たちはあらかじめ打ち合わせていた通りの言葉を(つむ)いだのだけれど。

 退院云々(うんぬん)を考慮しても、明らかに不自然なほど空白の期間が空き過ぎていたことを思うと、お母さんから「でも」と言われても不思議ではなかった。

 だけどお母さんは何かを察してくれたみたいに、そこに関しては何も突っ込んでは来なくてホッとする。


「えっと……また一緒にここへ来てくれるようになったってことは……二人はもしかして……」

 私がなおちゃんと切れていなかったことを心配していたお母さんが、そう言って言葉を(にご)したのは当然だと思えた。


「はい。その〝もしかして〟です。なのちゃんからなかなかOKがもらえなくて苦労したんですけど……先日やっと――。だから今日は僕、晴れ晴れとした気持ちでおばさんに会いに来ることが出来ました」

 そんなお母さんにタツ兄がふんわり笑ってそう答えると、松葉杖をついていない方の腕で私の肩を引き寄せてくる。

 私はタツ兄の大きな手のひらの温もりを肩に感じながら、照れくささにうつむいたままお母さんの「まぁ!」という嬉しそうな声を聞いた。
< 175 / 242 >

この作品をシェア

pagetop