叶わぬ恋だと分かっていても
***

 病院の正面玄関を出てすぐ。
 荷物を持ってあげるとタツ兄が声を掛けてくれたあの日――。

「改めて言わせて? 戸倉(とくら)菜乃香(なのか)さん。僕はキミが好きだ。結婚を前提に僕と付き合ってもらえますか?」

 そう言って不安そうに瞳を揺らせたタツ兄を見て、私は彼からの告白を今度こそちゃんと受け止めることにしたの。

 なおちゃんとは別れてフリーの身。

 私の汚い部分を全て知った上で……それでも私を好きだと言って再度交際を申し込んでくれたタツ兄を拒絶する理由は、もうなかったから。

「よろしくお願いします」

 言って、すぐそばに立つタツ兄を見上げたら、タツ兄ってば心底ホッとした顔をしたの。

 そうして感極まったみたいに私をギュウッと抱き締めてきて。

 渇いた音を立てて私たちのすぐそば。
 タツ兄が使っていた松葉杖が倒れたのもお構いなしに、タツ兄は私を包み込む手を緩めてくれないの。

 タツ兄の大きな身体に覆われていて見えないけれど……。
 雨の音に混ざってひそひそとささやき声が聞こえてきた気がした私は、慌ててタツ兄との間に腕を突っ張って距離を取った。

 手にしたままの荷物が重いとか……そんなのも気にならないくらい、周りからの視線が痛い。

「た、タツ兄っ! ここっ、正面玄関っ」

 総合病院というのは予約診療が主だ。

 雨降りだからと言って、来訪する患者の数が減るわけじゃない。
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