叶わぬ恋だと分かっていても
「なのちゃん。そのお花、何て名前?」

 真顔でそう問い掛けられて、私はギュウッと胸の奥をえぐられたような切なさにさいなまれた。


 実はちょっと前に、お母さんが「《《夜中の二時に》》お父さんがお見舞いに来てくれてね。先生とお母さんの手術のことについてお話をしてくれたの」と《《真顔で》》話しくれたことがある。

 私はその支離滅裂な内容に頭をひねって。


 余りに不可解な言動が心配で、後日主治医の先生に相談したら、「お母さんは病気の進行に伴い脳がダメージを受け始めています。今後少しずつそういうことを言う頻度が上がって来ると思います」と説明されてしまった。

 その際、「認知症のような症状が出たり、今まで分かっていたものが分からなくなったり、常識では考えられないような妄想に取り憑かれたりすることがあります」とも言われていたから。


 だから、今の〝大好きだった花の名前が思い出せない〟のも、その症状だとすぐに分かったのだけれど、頭で理解出来ているのと、心がそれを受け入れられるかどうかは全然別の話なんだと、嫌というほど思い知らされた。

 結果、私はお母さんに何て答えたらいいのか分からなくなって――。

 言葉をつむぐまでに不自然な間があいてしまった。
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