叶わぬ恋だと分かっていても
***

「入って?」

 玄関扉を開けて私を中へいざなってくれながら、タツ兄が「こんな足なんだから大人しくここで待っておけばよかった。僕のせいで(かえ)ってなのちゃんをびしょ濡れにしちゃったみたいだ。ごめんね」と吐息を落とす。

「あ、あのっ。でも私……! ちょっとでも早くタツにぃ……た、っくん、に……会いたかったし……方向音痴で迷子になってたかもしれないから……お迎え、すごく嬉しかった……よ?」

 叱られた大型犬みたいにしゅんとした様が可愛くて、私はそう言って慰めずにはいられない。

 それに、告げた言葉も嘘じゃなかったから。

 懸命にタツ兄呼びを改めて彼を慰めようとしたらしどろもどろになってしまった。

 けれど、それが逆に良かったのかな?

 不意にタツ兄にギュウッと抱き締められた。

「なのちゃん、ヤバイ。可愛すぎなんだけど」

 タツ兄が私を抱き寄せた拍子、彼が手にしていた松葉杖がカランと倒れて……。

 なのにそんなのお構いなしに私を抱きしめたタツ兄に、「なのちゃん。キスして……いい?」って問いかけられた。

 私はうなずく代わりにそっと目を閉じてほんの少し顔を上向けて。

 タツ兄の柔らかな唇がためらいがちに自分の唇に重ねられる感触を受け入れる。

 ポタポタと顔を濡らすのはタツ兄の髪から滴り落ちてくる水滴かな?

 雨に濡れて冷えた身体が、そんなことを意識した途端ぶわりと熱を持ったのが分かった。
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