叶わぬ恋だと分かっていても
***

「このままじゃ風邪。ひいちゃうね」

 唇を離すと同時。
 タツ兄が照れたように瞳を揺らしながらそんなことを言って。

 その初々しい態度にあてられて、私も照れ隠し。うつむきながら小さくうなずいた。

「えっと……なのちゃん、着替えとかは……」

 ちらりと手にしたままの荷物に視線を向けられた気配に、「ごめんなさい、こんなことになるとは思ってなくて何も……」と、小さなハンドバッグの持ち手を握りしめたら、タツ兄が、「僕の服でもいい?」とうかがうように聞いてきた。

 幸いショーツまでは濡れていないと思う。

 私は「貸してもらえると助かります……」って答えながらタツ兄が靴を脱ぐのを手伝って。

「あの、松葉杖は……」

 地面に横倒しになったままの杖を持ち上げながら問いかけたら「家の中では使ってないんだ」と返された。

「じゃあここに立て掛けておくんでいい?」

 水滴の付いた松葉杖を玄関わきの壁に寄せながらタツ兄を見上げたら、「うん、お願い」って言いながら、彼がヒョコヒョコとケンケンをしながら奥の方へ消えて行く。

 私はそんなタツ兄の背中を見るとはなしに見送りながら、自分はどうしたものかと玄関先に立ち尽くして。

 とりあえず服から水が滴り落ちるほど濡れてはいないけれど、ぐっしょりと水気を吸ってしまった靴下は脱がないと駄目かな?とかぼんやり考える。
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