叶わぬ恋だと分かっていても
***


 たっくんのお仕事は十七時半、私は十七時が定時。
 アパートから職場への距離も私の方が近いから、何かない限り、夕方は私の方が先に帰宅する。

 実際今日もそうだった。

 たっくんと結婚して一ヶ月ちょっと。
 二人での生活にも大分慣れてきて、お互いに出来ることを助け合って仲睦まじく暮らしている。

 カレンダーは三月になっていて、市役所では人事異動に向けて、ちらほらと辞令が出始める頃。

 私はたっくんの帰りを待ちながら、ふと、ここ数年この頃になるとなおちゃんが調子を悪くしていたことを思い出していた。

 と言うのも――。


***


 会社から帰ってきて、スーパーに立ち寄って。

 三〇%引きの鶏もも肉を見付けて、それを使った献立をレシピサイトでアレコレ検索している最中に、なおちゃんから着信が入ってきたから。

 もちろん出るつもりなんてなかったのに、スマートフォンの画面を操作中だった指が、誤って通話ボタンをタップしてしまった。

『――もしもし、菜乃香(なのか)? 緒川(おがわ)だけど……元気にしてた?』

 懐かしいなおちゃんの声に、一瞬心が過去へ引きずられそうになる。

 そのせいでかな。思わず、「うん」と答えてしまってから、私は慌てて口をつぐんだ。
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