叶わぬ恋だと分かっていても
 私は彼が家の建て替えに備えて色々住宅展示場などを巡るのに付き合わされていたから。

 自分が住むわけでもない家を『奥様』と呼ばれながら見るのは何だか切なくて悲しくて。

 なおちゃんはそういう残酷なところが時折垣間見える人だった。

 きっと彼自身には悪気なんてなくて……必要だから一緒に行く。
 行けば菜乃香(なのか)も楽しめるよね?ぐらいの感覚だったんだと思う。

 私は愚かにも、もしかしたら彼が私との結婚を視野に入れて家の建て替えを検討してくれているのかも?とか馬鹿な期待をして。

 そうじゃないと思い知らされて、死ぬほど辛くなったのだ。


 なおちゃんの古い家は昔ながらの日本家屋で……天井には大きな(はり)があって、子供の頃なんか囲炉裏(いろり)の火をかき回したら、煙に当てられたのか上から大きなアオダイショウが降ってきて驚かされたんだという逸話(いつわ)などを聞かされたことがある。

 さすがに今は囲炉裏などは失くして普通に生活が出来る家に改装はして住んでいたらしいのだけれど。

 密閉度が低いから冬は結構寒いんだよ、とよく話してくれていた。

 家も土地もそのままだったから、時折行っては手入れだけはしているとも聞かされていて。
 休日なんかは旧家の手入れだけでつぶれることもしょっちゅうだとぼやいていたのも記憶している。


***


 なおちゃんは亡くなった日、仕事に行くと言っていつも通りの時間に家を出たみたい。

 だけど実際に向かったのは職場ではなく、以前住んでいた家で。
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