叶わぬ恋だと分かっていても
 なおちゃんを失ってもそんな中途半端な覚悟しか持てない自分が酷く汚らわしいものに思えて。

 私はそれを払拭(ふっしょく)したいみたいに「死にたい」という言葉をつぶやいた。

 余りに死にたい死にたいと繰り返す私に、たっくんは呆れたりせずいつも本気で向き合ってくれていた。


 そんな折。
 包丁を手首に当てているところを見つかった私は、たっくんを本気で怒らせた。

 たっくんは自分が傷つくのも恐れず、暴れる私から無理矢理包丁を取り上げて……「バカ!」という言葉とともに頬を思い切り張ってきたのだ。

 叩かれて痛いのは私のはずなのに、包丁を遠くへ放り投げて私の両腕をグッと掴んだたっくんが、ポロリと涙を落としたのを見て、私はハッとさせられた。

「菜乃香。お願いだから僕を置いて()かないで? 僕が菜乃香と一緒に生きていきたいって願うだけじゃ、キミが死なないでいてくれる理由にはなれない? 菜乃香は緒川(おがわ)さんが自殺してそんなに苦しんでるくせに、僕にキミと同じ苦しみを味わえって言うの?」

 震える声でそう問いかけられて初めて。
 私はこの人のために生きないといけないんだということに気付かされた。

 結婚はお互いの人生をお互いに預け合って、寿命が尽きるその時まで共に生きて行こうという契約だったのに。

 私はそれを勝手に反故(ほご)にして、私が抱えているのと同じ苦痛をたっくんに与えようとしていたんだ。

「たっくん、ごめん……」

 私はその日を境に、死のうとする(自分を傷つける)ことを辞めた。
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