叶わぬ恋だと分かっていても
 転職を機に買った、中古のピンク色の軽自動車は私をあちこちに連れて行ってくれる。

 それこそ、望めば我が家から車で40分以上離れたなおちゃん()の近くにだって行くことが出来るのだ。

 さすがにそんなことはしないけれど、自転車で移動していた頃より格段に行動範囲が広がったことだけは確かだから。
 なおちゃんに請われれば、私、どこにだって出向いて行ける気がした。

 それでもなおちゃんは私に気を遣ってか、はたまた自分の居住区に浮気相手(わたし)を近づけたくないのか、仕事後に落ち合うのは市役所の近くか、私の家の近くばかりで。



「仕事は慣れた?」

 スモークガラスに覆われた彼の車の後部シートに乗り込むなりギュッと抱きしめられて、そう問いかけられた。

「ん、大分慣れたよ。同僚も優しいし、上司も工場のおじさんたちも、みんな良い人ばかりなの」

 言ったら、「工場の方だっけ?」と聞かれて。

 何の気なしに「うん」って答えたら、「同僚の事務員さん以外はみんな男?」ってじっと顔を見つめられた。

「そう。だけどね、独身の人なんてほとんどいないし、誰も最上階にいる事務員のことなんて気にも留めてないと思う」
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