叶わぬ恋だと分かっていても
 別に幼な子ではないから、私だって子供の頃みたいに「お父さん、どこかへ連れて行って!」とまとわりついたりするわけじゃないし、どちらかと言うとお母さんに比べるとお父さんとは疎遠なぐらいだ。
 でも、だからと言ってお父さんのことが気にならないわけじゃないの。

 きっとなおちゃんのご家族にしたって同じだと思うから。

 なおちゃんを独り占めしたいと思う気持ちが募れば募るほど、常に自分は〝泥棒猫〟なんだという感情がぴったり寄り添うようにくっ付いてくる。

 妻子ある男性と、地元を離れて密会をしようとしている自分のことを、とてもずる賢くて酷い女だとも思う。


 だけど、その反面、地元では出来ないようなデートを、遠方では出来るんじゃないかと期待もしていて。

 私、やっぱり最低だなって再認識させられるの。

 ――好きになった人がたまたま妻帯者でした。

 そんな綺麗事は、彼が結婚していると知っていながらこんな関係になってしまった私には通用しない言い訳だ。
 ホームに滑り込んで来た新幹線に乗り込んで、確保した指定席に座って。

 トンネルの合間合間に束の間見える薄暗い窓外をぼんやりと眺めながら、あれこれと取り止めのないことを思っては吐息を落とす。

 トンネルに入るたびに車窓が鏡面になって、自分の顔を映す。そのたびダメなことだと分かっていながらなおちゃんと別れることが出来ない浅ましい自分の姿を見せつけられるようで、胸の奥がジクジクと(うず)いた。


 でも、きっとこんなモヤモヤした後ろ暗い気持ちも、なおちゃんの顔を見た瞬間にポーンと弾けて飛んでしまうんだ。

 それも分かっているから、今から70分余りの移動時間ぐらいは、罪悪感に(さいな)まれて過ごそう、と決意した。

 そうしたところで私が背負った罪なんて、微塵も(すす)げはしないのだけれど。
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