全部欲しいのはワガママですか?~恋も仕事も結婚も~
「及川さんはいい人ですね。美人で色気もある。だから夫はあなたを好きになったのね」

「いえ、本部長が本気で愛しているのは奥様だけですよ」


 私は彼を好きだったし、体だけの関係だったとは考えたくないけれど。
 彼が私よりも奥さんを大切にしていたのは、付き合っているときにもひしひしと伝わってきていた。
 だからこそ張り合う気がまったく起きなかったとも言える。


「そろそろ夫を返してほしいと、今日はあなたに直談判しに来たんです。初めはお昼休みを狙って本社に訪ねて行ったんですけど、店舗勤務になったと受付で聞いて、それでこっちに……」

 
 駿二郎が奥さんに私の異動の件を伝えるわけがないので、知らなくて当然だ。


「もう別れたあとなのに、別れてくれって言いに来るなんて、的外れで滑稽ですね」

「とんでもないです。私が奥様を傷つけたことに変わりはないので」


 私は下唇を噛んで頭を下げつつ、真剣な表情でほのかさんの様子をうかがった。


「二年に渡り、つらい思いをさせて申し訳ありませんでした。慰謝料をお考えであればお支払いいたします」

「あぁ……でも、それはいいです。夫はあなたと会って癒されていたでしょうから」


 慰謝料の話を自分のほうから振るなんてどうかしているけれど、ほのかさんの心の傷は駿二郎と私が作ったものだ。
 謝罪の言葉と共になにか誠意を示すとするなら、私には慰謝料しか思い浮かばなかった。

 だけど彼女は、それを要らないと拒否した。

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