雪のとなりに、春。
***

着いたのは画材屋だった。
近くにあるのは知っていたが、入るのは初めてで少しばかり緊張する。

目を輝かせて店内の奥へと進んでいく彼について行くことすらできず、ただ入り口付近で立ち尽くしてしまった。

よく考えたらこういうお店はおろか、外出すらほとんどしたことがなかったかもしれない。
これまでのほとんどの時間が勉強に染まった生活。それに対して不満や不便は感じなかった。

嗅ぎ慣れない絵の具の匂いが鼻を刺激するけど、不思議と不快感はない。

ずらりと並ぶ画材が、それぞれの場所で綺麗にグラデーションを表して。
壁には小さなキャンバスに描かれた絵が不規則に飾られていた。

芸術に疎いわたしはその良さを感じることはできないけれど、色相環にはわかるのだろうか。


「奏雨、こっち」

「え……」


棚の奥からひょっこり顔を出して、手招きする色相環。
わたしは吸い寄せられるように小走りで向かった。


「……わあ……」


招かれた先に並べられていたのは、これまた絵の具達。
細かく色が分けられてケースにまとめられていたり、一色丸々小さなバケツに入ったものまである。


「奏雨、こういう店って初めて?」

「え、ええ……驚いたわ……色って、こんなにたくさんあるのね……」

「同じ色でも、混ぜれば無限に広がる世界だからな」

「……すごいのね」


隣でくすりと笑ったのが聞こえて、ハッとする。
感動していたとはいえ、いくらなんでも今の発言は中身がないし、何よりマヌケすぎるわ。

想像の少し上をいっていただけ。
そう訂正しようと、彼を見上げたとき。

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