雪のとなりに、春。
「奏雨、スマホ貸して。親御さんに俺から話すから」

「で、でも、お母さんなんていうかその……」


さっきまで、この人がお母さんと話してくれるなら大丈夫かもしれないと思っていたけれど、やっぱり心配になる。

自分の中にすっかり浸透しきっている圧迫感が、重くのしかかって頭も痛くなってきた。

この人がお母さんと話したら、なんて言われるか。
この人は何も悪くないのに、不必要に責められてしまわないだろうか。

そんなお母さんと話して、この人はなんて思うんだろうか。

不安が大きくなるのに比例して、指先から冷たくなっていくのが分かる。
その先の言葉だってうまく出てこない。声も出せない。

色相環はフッと柔らかく微笑んで、それからわたしの頭にぽんっと大きな手を乗せてきた。


「大丈夫」


たった一言が、硬直していたわたしの身体をほぐす。
動きを思い出したみたいにすうっと息を吸い込んだ。
吸い込みすぎて胸が苦しい。


「……た、よりっぱなしなのも、よくないから、自分でもきちんと話すわ」


ふいっと顔を逸らして、スマホを取り出す。
吸い込んだ息を一気に吐き出してから、お母さんに電話をかけた。


『……もしもし? 奏雨、あなた今どこにいるの?』


心配の色なんて微塵にも感じない声色。

……きちんと勉強しているのか、という点では心配なのかも知れなけれど。
少なくとも世間一般的な母親の「心配」ではない。


「お母さん、あの、今日は家に帰られそうになくて……」


この状況を正確に伝えるには無理があった。
ちらと隣を見やる。

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