雪のとなりに、春。
残りのコーヒーを一気に飲み干して、親指を自分に向けて突き立てた。


「近々、俺が切る!」

「へえ」


無駄にキメ顔で言われても困るんだけど。

つまり、だ。

おじさんが診ていた患者には外科的アプローチが必要で、でも院内にその患者を任せられる医者がいない。

だから、おじさんが1番信用している父さんをはるばる呼びつけて、オペをしてもらう。

なるほど随分思い切ったことをするな。


「なんだ、昔はこういう話をすると『父さんすごい』って目を輝かせてたのに」

「昔の話でしょ」


……昔というか、医者になりたいと思っていた時の話でしょ。

リビングの方でまだ盛り上がっている先輩の方にちらっと視線をやる。


「ええーっ、ロマンチックですねっ!!」

「わかる!? わかってくれる!? もうほんとにあの日のナツさんってば……」


ちらほら聞こえてくる会話から察するに、お互いの馴れ初めの話でもしているんだろう。


「そういえば、進路はもう決まってるのか」

「んー……とりあえず、花暖先輩が入った大学に行くよ」

「そっか」


父さんは、昔から医者になることを俺に強制してはこない。
だからなんだと思う。俺が父さんのような医者になりたいと思ったのは。

きっかけは単純だった。

家族で出かけていたとき、電車の中で倒れた人を父さんが救った。
ただそれだけ。

それでも、まだ幼かった俺にその光景は刺激が強くて、でも嫌じゃなくて。
人の命を救う父親の背中がひどくかっこよかった。

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