雪のとなりに、春。
「海外からすごいお医者さんが来てくださって、こうして今日緊急で手術してもらえることになったんだけど……ハハ、この有様だよ、情けないね」


まだ握りしめられている両手はカタカタと震えている。

当たり前だ。


……7年だ。

新しい治療を始めて、今度こそはと期待して。
再発を知らされて、崩れ落ちて。

そこへ父さんのことを知らされて、今こうして何度目になるだろう期待と不安に襲われている。


自分の父親が背負っているものが、俺が思っているのよりも重くて、重たくて。

せめて静かにと思っていた呼吸がいつの間にか止まっていたことに気付いて、ゆっくりと息を吐く。


父さんは、この人になんと話をしたんだろう。

あんな感じで家に帰ってきたけれど、いったいどうやって話をしたんだろう。

どんな言葉を選んで、どんな表情で、どんな声色で。


「必ず助けます」と希望を持たせたのだろうか。
「全力を尽くします」と保身を含ませたのだろうか。


この人の目に、今手術を受けている患者の目に、父さんの姿はいったいどんなふうに映ったんだろうか。


体が火照る。


これが、父さんの。


「おお、紫乃」

「!」


男性の視線が横にずれて、また笑顔を浮かべた。

視線の先には、レジ袋を片手にしている青年。

癖のない黒い髪は自然に流されていて、ちらりと見える襟足には青のインナーカラーが入っている。
前髪の間から色素薄めの瞳が不思議そうに見つめてきていた。


「およ?」
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