雪のとなりに、春。
***

「聞いて奈冷。わたし、4月から奈冷と同じ高校に通うことになったのよ!」

「……は?」


時は、奏雨が突然家に押しかけてきた日……入学式の約2週間前にさかのぼる。

インターホンが鳴って画面に映っている懐かしい姿に、一瞬息が止まった。
急いで玄関を開けて家に入れてやった後、彼女から出た第一声がそれだった。

嬉しそうにその場でくるりと回ってみせる。
その身にまとっているのは、間違いなくうちの高校の制服だ。


「奏雨、待って、説明……え?」


「雪杜」という名は医療界でトップの経歴を誇っている。
反対に、病院に通うことがなければほとんど聞くことはないだろう。

俺と奏雨の住んでいた地域では特に「雪杜」に対する期待と羨望の眼差しが強く向けられていた。

それがおばさん……奏雨の母が世間体をやたらと気にしていた原因のひとつだ。

「雪杜の名に恥じないように行動しなさい」と耳から脳を貫通してしまいそうなほど聞かされてきた。


父さんの弟にあたる奏雨の父は、総合病院に勤めている内科医。

海外へ渡った父さんと比べる必要なんてどこにもないのだけど、プライドの高いおばさんは何よりそこが引っかかっていたんだろう。

雪杜に生まれた者は必ず医者になるという不文律が存在する。

そんなものに嫌気がさして何度か家を抜け出そうとしたところをおばさんに見つかり、机に縛り付けられる日々だった。


ただ、奏雨は俺と違った。


言われる前に行動して、期待以上の成果をおばさんに見せつけて。
少ない自由時間を見つけては俺を外に連れ出してくれて、一緒に遊んでいた。

おばさんに隠れて家を抜け出すことに、罪悪感なんて何もない。

勉強漬けの日々の中の、ほんの少しの時間。
その「ほんの少し」にどれだけ救われただろう。


不文律に対し文句も言わず、素直に努力した。
医学部合格を視野に入れた中学受験も、その努力が実って無事に合格。

奏雨が寮生活をするために家を出たのがきっかけとなり、俺も高校入学とともにここを出ようと決めた。


……形は一緒でも、理由は正反対。

俺は彼女のように周りの期待に素直に応えられるほどいい子じゃない。


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