離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 歩きながら「どこに行きたい?」とたずねると、彼女は真剣な表情で考え込んだ。
 
「どうしよう。一緒においしいものを食べたいし、ドライブもしてみたいし、水族館とか映画も捨てがたいし……」
 
 つぶやく彼女の頬が紅潮していくのがわかった。
 
 一ノ瀬家のお嬢様で贅沢な生活をしているはずの彼女の口から、ドライブや水族館なんて素朴な選択肢がでてくるとは思わなかった。
 
 今までの恋人たちの価値基準は、デートの時間を楽しむことではなく、どれだけまわりに自慢できるかだった。
 
 ブランド品に宝石、豪華なホテル、希少価値の高いプレゼント、誰もがうらやむような贅沢な体験。
 
 そして、御曹司の俺と付き合っているというステータス。
 
 特別扱いされないと不機嫌になり、俺の気持ちをたしかめるようにわがままがエスカレートしていく。
 
 恋人の身勝手な振る舞いに、ふたりの時間を楽しむどころかどんどん面倒になっていった。
 
 うんざりして連絡を取らなくなると、『私のことなんてどうでもいいんだ』と一方的に責められ泣かれた。

 そんなやり取りを何度か繰り返し、恋愛に興味がなくなった。
 
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