離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 大きな水槽はどこまでも続いているように見えて、自分の生きる世界をとても小さく感じる。
 
「そう思うってことは、君は自由じゃないんだな」
「え?」
 
 彼の言葉の意味がわからず聞き直すと、忍さんは「なんでもない」とかぶりを振った。
 
 ゆらゆらと揺れる水面や、光を反射して泳ぐ小さな魚たちの群れ。

 宝石みたいな気泡が立ち上っていく中を、時折大きな魚の影がゆったりと横切る。
 
 美しくて時間の流れを忘れてしまう。

 ぼんやりと見入っていると、横を通りすぎようとした男の人が私にぶつかった。

「わ」

 気を抜いていたのと慣れないヒールのせいで足がよろけ、そのまま倒れそうになる。

「ごめん、大丈夫?」
 
 ぶつかった男の人が私の二の腕を掴み支えてくれた。
 
「あ、ありがとうございます」
「ぶつかっちゃってごめんね。水族館の中って暗いから、よく見えなくて」
「いえ、私もぼーっとしていたので」
 
 すみません、と私が頭を下げると肩からさらりと髪が落ちる。
 
 男性はその髪を見てにっこりと笑った。
 
「てか、髪綺麗だねー。これストパーかけてるの? すげぇサラサラ」
 
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