離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 指先も唇も、触れる吐息まで気持ちがよくて、忍さんの肩に顔をうずめ声をこらえる。
 
 それでも我慢できず、甘い吐息がこぼれてしまった。
 
 忍さんは私をベッドに組み敷く。
 
 そして真剣な表情でこちらを見下ろした。
 
「いいか?」
 
 ささやかれた問いかけに、「うん」とうなずく。
 
 この夜を決して忘れずにいようと思った。
 
 忍さんのキスや優しい愛撫やたくましい体の重み。
 この心地いい体温も吐息もまなざしも。
 全部覚えておこう。
 
 この先私は政略結婚をして、愛していない人の妻になる。
 
 だけど、夢のように素敵なこの夜だけを心の支えにして生きていこうと思った。
  


 




 
 翌朝、私は忍さんが目を覚ます前にこっそりとホテルを出た。
 

 早朝の街の空気は少し湿ってひんやりとしていて、昨夜の余韻でまだ熱を持った体を冷やしてくれる。
 
 連絡もなく外泊した私を父は心配し怒っているだろうな。
 
 きっと家に帰れば厳しいお説教が待ってるに違いない。
 
 でも、一生に一度の覚悟で冒険したことになんの後悔もなかった。
 
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