離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 すると、仲居さんが心配そうにこちらを見た。
 
「たしかに少し顔色が悪いかもしれませんね。お部屋をご用意しますから、帯をゆるめましょうか?」
 
 そう提案してくれた仲居さんに「ありがとうございます」とお礼を言う。
 
「でも、お待たせするのは申し訳ないので」
 
 そんな私の様子を、父がじっと見つめていた。
 
「大丈夫なのか?」
「うん。ちょっと緊張してるだけ」
「そうか」
 
 私が答えると、父はすぐに前を向く。
 
 仲居さんに案内されて、美しい絨毯が敷き詰められた廊下を進む。
 
 重苦しい空気の中、父がぽつりと言った。
 
「髪、切ったんだな」
 
 ひとり言かと思ってから、私に向けられた言葉だと気づく。
 
 慌てて「うん」とうなずいた。
 
「せっかく綺麗な髪だったのに」
「なんとなく、切りたくなって」
「そうか」
 
 私が答えると、父は無感情な声でそう言った。
 
 小さな頃からずっと伸ばしてきた髪を短く切ったのは、忍さんに会った翌日だった。
 
 あの夜、忍さんは私を抱きながら何度も髪をなでてくれた。
 
 白い肌や長い髪を、綺麗だとほめてくれた。
 
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