離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 厳格な父がそれだけで許してくれたのは、とても意外だった。
 
 どうやら家政婦さんたちが団結して、『琴子ちゃんも二十四歳なんですから、お友達と時間を気にせず遊びたいときもありますよ』とフォローしてくれていたらしい。
 
 結婚すれば、父との暮らしも終わるんだな……。そう思いながら、前を歩く広い背中を見つめる。
 
 母が亡くなってから、父とふたり家族になった。
 
 とはいえ忙しい父は家にいることのほうがめずらしかったし、こうやってふたりで話す機会もほとんどなかった。
 
 一ノ瀬家には家政婦さんや事務所のスタッフがいつも数人いて、さみしいとは思わなかったけれど。
 
「結婚相手の上條家は上條不動産の創業一族で、日本の不動産業界のトップだ。きっと琴子も幸せになれる。安心して嫁ぎなさい」
 
 そんな父の言葉を聞きながら、個室の前に到着した。
 
 木目が美しい引き戸が開かれ、落ち着いた雰囲気の和室が見えた。
 
 そこに座っていたのは三十代半ばの黒髪の男性だった。
 
 知的さと意志の強さを感じさせる二重の目にすっと通った鼻筋。
 
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