離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 少しずつ落ち着いてくると、そっと顔を上げて忍さんを見た。
 
 もう二度と会うことはないと思っていたのに、こんなところで再会するなんて……。
 
「お待たせしました、上條さん。遅れて申し訳ない」
 
 父が挨拶をする。
 
 忍さんは、「いえ」と首を横に振り口元に上品な笑みを浮かべた。
 
「こちらが早くついてしまっただけですので」
 
 落ち着いた甘い声を聞いた瞬間、彼に抱かれた記憶を鮮明に思い出して体の奥が熱くなる。
 
 私は信じられない気持ちでその人を見つめる。
 
 まさか政略結婚の相手が、彼だったなんて……。
 
 予想外の事態に、どんなリアクションをすればいいのかわからず表情をこわばらせた。
 
 そんな私に向かって、彼は静かに口を開いた。
 
「はじめまして、琴子さん」
 
 あの日の意地悪で優しい彼とは違う、丁寧で他人行儀な声だった。
 
「え……。はじめまして……?」
 
 私は混乱しながら彼の言葉を繰り返す。
 
 数日前。あんなに情熱的に私を抱いた彼は、まるで初対面の相手にするように私に挨拶をした。 



 

 


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