離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 けれど、顔合わせのときの忍さんの様子を思い出すと胸がちくりと痛んだ。
 
 彼は父とばかり話をして、私のほうは見ようともしなかった。
 
 愛として会ったときとは、まったく態度が違った。
 
 たぶん、忍さんは一ノ瀬琴子として現れた私にも政略結婚にも興味がなかったんだろう。
 
『忍さんに『はじめましてじゃないですよ』って言わなかったの?』
「言えないよ。あちらのご両親もいたのに」
『まぁ、それはそうか』
 
 両親がいる前で『この前マッチングアプリで出会って一晩一緒に過ごしましたよね』なんて言えるわけない。
 
『で、政略結婚のほうはどうなったの?』
「忍さんが新居を用意してくれていて、来週から一緒に住むことになった」
『わ。展開が早い』
 
 顔合わせの場で私が混乱している間に親同士が意気投合し、どんどん話が進んでしまった。
 
 私は心の準備どころか、状況も理解できていないのに。
 
「……でも、もう二度と忍さんには会えないと思っていたから、すごくうれしい」
 
 忍さんが私の旦那様になるんだ……。
 
 そう思うだけで胸の辺りがくすぐったくなり、幸せで頬がゆるんでしまう。
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