離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
「し、失礼しました。これから、よろしくお願いいたします」
 
 そう言って頭を下げた瞬間、持っていた紙袋が手からすべり落ちた。
 
「あ……っ!」
 
 受け止めようとしたけれど、紙袋は指先をすりぬけてしまう。
 
 ぐしゃっと小さな音をたてて床に落ちた。
 
 中身を見なくてもケーキがぐしゃぐしゃになってしまったのがわかった。
 
 せっかく思い出のお店でケーキを買ってきたのに。
 
 このケーキをきっかけに、デートのときの話をしようと思ったのに……。
 
 私はショックで言葉につまる。
 
「大丈夫か?」
 
 忍さんが手を伸ばし拾おうとしてくれた。
 
 私は慌ててしゃがみ、「大丈夫です……!」と彼の手が触れる前に自分で箱を拾う。
 
 なにやってるんだろう。
 
 忍さんのかっこよさに見とれて、声をかけられただけで動揺して。
 
 どじな自分が情けなくなる。
 
「なにか大切なものでしたか?」
 
 気遣うように声をかけてくれた岩木さんに、「本当に、なんでもありませんから」とぎこちなく笑顔を作る。
 
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