離縁するはずが、冷徹御曹司は娶り落とした政略妻を甘く愛でる
 どうしよう、泣いてしまいそうだ。
 
 こんな広い部屋ですることもなくひとりきりで暮らすなんて、さみしすぎる。
 
「忍さんはどこで暮らすんですか?」
「会社の近くに部屋がある」
「じゃあ、そこでの食事や家事は私が……」
「食事は外ですませるし、家のことはハウスキーパーに頼んである。君が気を使う必要はない」
 
 なにか私にできることはないかとたずねても、冷たく突き放されてしまった。
 
 取り付く島もないその態度から、彼がこの結婚に納得していないのが伝わってきた。
 
 それ以上なにを言えばいいのかわからなくてうつむくと、忍さんはゆっくりと口を開いた。
 
「なにか困ったことがあれば秘書の岩木に連絡してくれ」
 
 彼はそう言い残し、こちらに背を向けた。
 
 私の返事を待たず部屋を出ていく。
 
 岩木さんが私に向かって申し訳なさそうに頭を下げてから彼のあとを追う。

 ぱたんと扉が閉まる音がしてひとりきりになると、大きく息を吐き出した。
 
 そのままへなへなと床にしゃがみ込む。
 
 それまで新婚生活に抱いていた期待や緊張が一気になくなり、抜け殻になってしまったようだった。
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