婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~

駅の五番出口から歩くこと三分。マンション前は優しいオレンジ色のライトがいくつも灯っており、夜でも住人を温かく迎えてくれる。

すっかり慣れてしまった帰り道を足早に進みながら、バッグの中に手を入れてカードキーを探していると、マンションの前に誰かが立っているのが見えた。

住人やそのお客さんならエントランスホールへ入るだろうし、かといってその人影は立ち去る気配もない。

不審に思いながら近付いていくと、オレンジのライトを背負った男性がこちらに気付いて振り向いた。

「あぁ、やっと帰ってきた」

自分に向けられた聞き覚えのある声に、ギクッと身体が竦む。

暗闇の中、オレンジ色に浮かび上がったのは、私が担任をしている野田まりあちゃんの父親の歪んだ笑顔だった。

「女性が休日とはいえこんな遅い時間まで出歩くなんて。あまり感心しませんよ、陽菜先生」
「野田さん……どうして……」

園に提出された書類によれば、彼が住んでいるのはまんぷく保育園がある渋谷区なはず。ここまで車なら二十分、電車でも十五分はかかる。

地下鉄が近いとはいえ買い物するエリアは駅の反対側だし、周辺はタワーマンションなど居住エリアばかり。

ふらっと用事もないのに立ち寄る場所ではない。

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