婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~
どうしたらいいのか頭をフル回転させていると、隣に立つ怜士がおもむろにスマホを取り出してどこかに電話しだした。
「怜士です。今大丈夫ですか? 例の幼児教育のプロジェクトに麻生出版の販促事業部から出向の話があるそうですが、外したいと思ってて。そうです、人材の選定はこちらでします。え? えぇ。では、詳しいことは月曜日に」
呆気にとられている私と野田さんだが、先に正気に戻ったのは彼だった。
「き、君は一体なんだんだ! 今の電話は……」
「あなたのような人は、うちのプロジェクトに必要ない」
「“うちの”……? それに、なんで幼児教育のプロジェクトだと……」
「あぁ、名刺を頂いたのにお渡ししなくてすみません。休日は持ち歩かないもので。申し遅れました。陽菜の婚約者の、麻生怜士と申します」
「麻生……?」
怜士が名乗ると、それまで威圧的に詰め寄って話していた野田さんの顔から、さぁっと血の気が引いたのがわかった。
それもそうだろう。これまでの話の流れで“麻生”と名乗られれば、どれだけ鈍感な人間でも彼の正体に見当はつく。
関連会社の課長だと息巻いていたが、本社の御曹司が相手ではとても太刀打ちできない。
怜士は明らかにオロオロしだした野田さんを見下ろし、冷酷に言い放った。
「ストーカー行為は立派な犯罪です。退職に追いやられたくなければ、二度と陽菜に付き纏うような行為はやめてください。次は人事と警察に届けます」
犯罪や警察といった言葉に怯んだのか、野田さんは「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。