婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~
「あの、弊社になにか御用ですか? よろしければお伺い致しますが」
丁寧な口調の声に振り返ると、私と同い年くらいの女性がこちらを窺っていた。
スラリとした細身の体躯にパンツスーツを纏い、艶やかな黒髪をシンプルに後ろでひとつに結っている。
私もよく猫目だと言われるけれど、彼女もキリッとした猫っぽい印象の瞳で、知性的な雰囲気の持ち主だ。
「あ、主人に差し入れを」
入籍してまだ一ヶ月ほど。怜士を“主人”と呼ぶのが少し擽ったい。
「連絡がつきませんか? 部署がわかれば受付から内線鳴らせますよ」
「ありがとうございます。でも、もう来ると思うので大丈夫です」
親切な女性社員の方に頭を下げてお礼を言っていると、一番奥のエレベーターが到着したと点灯したランプが知らせてくれた。
中から出て来た長身の男性はやはり怜士で、真っすぐにこちらに向かってくる。
「あ、ちょうど来ました」
社内ではスーツの上着は脱いでいるらしく、ネクタイを緩め、薄いブルーのワイシャツを肘のあたりまで捲っている。
やっぱり、どこにいても、どんな格好をしていても目を惹くんだな。