婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~
私がつい怜士に見惚れていると、目の前の女性が眉を顰め、「怜士くんの奥さん?」と小さく呟いた。
――――『怜士くん』?
社内でそんな風に親しげに呼ぶほど仲がいい女性がいるなんて聞いたことがない。
ざらりとした胸さわぎに顔をしかめそうになるのをぐっと堪えた。
「あの……」
「いらっしゃったのなら、私は失礼します」
女性は先程までと同じ丁寧な口調で私に会釈をすると、ヒールの音を響かせながらゲートをくぐり、エレベーターの方へ向かう。
彼女は怜士とのすれ違いざまになにか話しかけ、声をあげて笑うと、怜士が乗ってきたエレベーターに入っていった。
扉が閉まる直前に振り返り、こちらに投げかけた視線は、お世辞にも良い感情のものとは言えないもので、否が応でも女の勘が働く。
……たぶん、怜士のことが好きなんだろうな。
「お待たせ、陽菜。わざわざありがとう」
「ううん」
お弁当の入った保冷バッグを渡しながらも、どうしても視線は奥のエレベーターへ向いてしまう。