婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~
「陽菜」
思わず立ち止まって振り返ると、ここまで一言も発しなかった怜士が立ち上がり私を真っ直ぐに見据えていた。
面と向かって名前を呼ばれたのはいつぶりだろう。
そんなどうでもいいことが頭をかすめる。
私も父と言い争って気が昂ぶっているのか、いつも不快感を感じてすぐに逸したくなる怜士の視線にも負けじと見つめ返せる。
「なに」
「ちょっと、ふたりで話さないか」
「……え?」
意味がわからない。
たった今婚約を破棄したふたりで一体何を話すというのか。
私が疑問と嫌悪感を隠しもしないで顔に出しても、怜士は怯むことはない。
「おじさん、一旦ここは俺に預けてもらえませんか?」
父に質問を投げかけておきながら答えを待つことのない怜士に問答無用で個室から連れ出され、私は『なでしこ』を後にする。
双方の両親は、ただ静かに私達ふたりを見送っていた。