婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~
夏の日差しがギラギラと降り注ぐ七月下旬。
私は激痛に二十時間耐え抜いた末、女の子を出産した。
かかりつけだった篠宮総合病院の産婦人科は、高度医療の設備が揃う都内随一の大病院で、ここで出産する六割の妊婦さんが無痛分娩を選ぶと聞く。
怜士も『優秀な産科医と麻酔科医がいるんだから、無痛で産んだらいい』と言ってくれたけど、私はせっかく女性に生まれたのだから、一度は陣痛というものを経験してみたいと、普通分娩を選んだ。
保護者として顔を合わせる彩佳先輩からも『痛みで産めなかった母親はいないんだから、陽菜先生も大丈夫よ』と励まされ、覚悟を決めて出産に望んだのだけど、想像よりもはるかに強い痛みで、体力を根こそぎ奪われた。
二人目の時は無痛分娩を選ぼうと、ひっそりと心に誓っている。
「さくらはよく寝るな」
怜士はすやすやと眠る私達の娘を見て目を細めた。
『夏生まれなのに桜?』と思われてしまいそうだが、彼女の名前の由来はサクラソウ。
私達がはじめて結ばれた軽井沢の町の花で、花言葉は『少年時代の希望』『初恋』。
これ以上ない名前に、私も怜士も『これだ!』とすぐに決まった。