婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~
「すげぇ車。でもうちのお迎えじゃないよな? 普段見かけないし。どんな人が乗ってんだろう」
運転席を覗き見ようとする山崎先生を制して、私は足を進める。
「やめましょう。それより、今日のお店はどこにします?」
彼の腕に手をかけて、車とは反対方向に歩き出そうとした時、運転席から長身の男性が姿を現した。
「陽菜」
……やっぱり。
意識的に見ないようにその場を離れてしまいたかったのに、数日前に聞いたばかりの声に名前を呼ばれてしまう。
「え、知り合い?」
驚いたような山崎先生がいる前で、怜士を無視して行くわけにもいかず、私は渋々彼に向き直った。
時刻は午後四時四十五分。会社員ならまだ定時にもなっていないはずだ。
怜士は蒸し暑い六月だというのにスーツのジャケットまで羽織り、カツカツと革靴の音を立てて私達に近付いてきた。