婚約解消するはずが、宿敵御曹司はウブな許嫁を愛で尽くす~甘くほどける政略結婚~
シャワーを浴びたのか濡れた黒髪は艷やかで、首筋に落ちる滴に目を奪われた。
「出掛けるのか」
私を頭から爪先まで見たあと、不機嫌そうな声で訊ねてきた。
三週間もこの部屋に住んでいながら、怜士と顔を合わせたのは数えるほど。
仕事柄出勤時間が早い私と、会社員の怜士では生活リズムが違うし、そもそもこのマンションが“PP分離”という客間とプライベート空間をしっかり分けられるような間取りになっているので、怜士の在宅時にリビングやキッチンに近づかない限り、鉢合わせることはない。
私にあてがわれた部屋には奥にバスとトイレがあるし、ここに住み始めてすぐにネットで部屋における小さな冷蔵庫を買ったので、引きこもるのに不足はなかった。
まさかこんなタイミングで顔を合わせるなんて、と思わないでもなかったけど、特に取り繕う必要もないと考え直した。
「そう、デート」
そんな浮かれた響きの外出ではないけれど、怜士以外の人と恋愛をすると大見得を切ってしまった手前、やはり相手がいるのだと思わせたかった。
「デート?」
「そうだけど」
「ふざけてるのか。言ったはずだ、お前は俺のものだって」
怜士は大きく一歩踏み出して私の腕を掴む。