生理痛重いの。
いちごのケーキ。モンブラン。マカロン。パンケーキ。マリトッツォ。コーヒー。紅茶。
どれもわたしの好きなもの。
だけど、どれも食べられない。
「どした? まだ選べないの?」
カフェの向かいの椅子に座った淳也が、メニュー越しにわたしに問いかける。
取引先で知り合い、付き合って2ヶ月のあたらしい彼氏。
だけどなんだか最近は一緒にいて疲れてしまう。
美央の好きな店連れてきてやってんのに、なんでまだ選ばないんだよ、時間のロスじゃん――そんな心の声が透けて見える作り笑い。
「抹茶にしとく」
うるさいな、焦らせないでよ。
思わず叫び出しそうになるのをこらえて、メニューをメニュー立てに戻す。
ため息を無意識についていたかもしれない。
なんだか、頭が痛い。
淳也のせいかもしれない。
「お、珍しいね。じゃあ俺も抹茶で」
珍しいって何よ。
いつもカロリー高そうなもの選んでるっていう皮肉なわけ?
淳也が手を上げるとすぐ、学生らしきアルバイトが注文を受けに来た。
まだ大学1年生らしく、髪を茶色に染めてボブカット。わたしも大学に入りたてのころはそんな髪型にしてた。量産型ってやつ。
制服のスカートは短め。足はすらっときれいに伸びている。
いらつく女の子だな、と思った。鼻にかかった声で注文を繰り返すのが癇にさわる。
「雨の日も雨の日でいいよね」
商業ビルの15階のカフェの窓から見える都会の光景は、雨露にぬれてぼやけていた。それを淳也は褒めているのか。
だとしたら全くわたしと感性が合わない。
「そうかな」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。
それをすかさず淳也は拾い上げる。
いつもの顔の横に突き出た風に見える大きな耳で。
「雨に濡れた街って芸術的な感じがするじゃん? 子供の頃から雨が好きなんだよね、僕。小学校の時に――」
そこから淳也は小学生時代に書いた雨をテーマにした作文で担任教師からいたく褒められたエピソードを五分にわたって披露した。
はあ。
こっそりとため息をつく。
いつもこれだ。
わたしの存在なんてどうでもいいんだ、この人には。
自分の話ばかり。
自分がいかにすごい人間か、証明したくってたまらないんだ。
淳也のキラキラした目にはわたしの姿は多分映っていない。
退屈になって窓の外を眺めても、ぼやりとした風景しか見えず、なおのこといらいらする。
注文した抹茶がやってきてからも、ずっとわたしは淳也との会話に乗れずにいた。
なんだかこの景色みたいに、わたしの意識もぼんやりしてきた。昨日ちゃんと寝たはずなのに、眠い。
そういえば腰回りもなんだか重くだるい。
頭の先から足の先まで、スポンジでくるまれたようにすべてが鈍かった。
「ね、美央もそう思うよね?」
同意を求める言葉にふと我に返った。
「……あ、うん」
わけもわからず、適当な相槌を打つ。
「だよねー! やっぱ俺たちって気が合うね!」
どこがだよ。
ほとほと淳也にはあきれてしまう。わたしが話を聞いていないことにさえ、気づけないのだ。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「オッケー! いってら!」
カバンをもって、トイレに一時避難。
個室に入り、やっとこの不調の原因が分かった。
「女の子の日、だったか……」
慌ててトイレットペーパーで応急処置をする。
予定日よりだいぶ早い。
ここ数ヶ月、生理周期が乱れがちだったが、まさかここまで早まるとは。
道理で、体のあちこちが重たいわけだ。
だけどおかげで今日は早く家に帰れそうだ。
ナプキンじゃないので股のあたりにもごもごした違和感を抱えながら席に戻ると、
「おかえりー! それで、さっきのプロジェクトの話の続きなんだけどさ、」
わたしには一言たりとも話させないつもりであるかのように、淳也が口を開く。
慌てて手で遮る。
「ごめん、今日は帰らなきゃ」
「え? なんで!?」
親に見捨てられた子供のように、淳也は悲しげに眉を下げる。
「急に女の子の日になっちゃったの」
「……急に……」
こういう予想を裏切る展開になると、一転して無言になる。
きっと、シナリオにない言葉は発することができないのだ。
たとえば「大丈夫? しんどいよね」なんて言葉が咄嗟に出てこない。
そこがこの男の器の小ささなのだった。
「そっか……」
さて、どんな言葉をつなげるのだろう、と待ち構えていると、
「じゃあ、今日は妊娠の心配はないってことだ……よね?」
最も聞きたくない返事が、わたしの耳を驚かせたのだった。
「最低」
伝票を掴んでさっと立ち去った。
帰り道、1回だけ着信があったが無視した。追い打ちのように届いたメールには、
『機嫌が悪かったのは、生理のせいだったんだね!』
と、煽り立てる一言だけが書かれていた。
これが生理のせいなのか、淳也のせいなのかは――どちらでもいい。もう淳也に会うことはないのだし。
家に帰り、カイロをお腹に貼ってベッドに蹲った。
まだ午後5時の空には星はもちろん見えないけれど、わたしは星に願った。
女性だけが毎月痛い思いをしなきゃいけない不公平だけは、早めになくしてください――と。
どれもわたしの好きなもの。
だけど、どれも食べられない。
「どした? まだ選べないの?」
カフェの向かいの椅子に座った淳也が、メニュー越しにわたしに問いかける。
取引先で知り合い、付き合って2ヶ月のあたらしい彼氏。
だけどなんだか最近は一緒にいて疲れてしまう。
美央の好きな店連れてきてやってんのに、なんでまだ選ばないんだよ、時間のロスじゃん――そんな心の声が透けて見える作り笑い。
「抹茶にしとく」
うるさいな、焦らせないでよ。
思わず叫び出しそうになるのをこらえて、メニューをメニュー立てに戻す。
ため息を無意識についていたかもしれない。
なんだか、頭が痛い。
淳也のせいかもしれない。
「お、珍しいね。じゃあ俺も抹茶で」
珍しいって何よ。
いつもカロリー高そうなもの選んでるっていう皮肉なわけ?
淳也が手を上げるとすぐ、学生らしきアルバイトが注文を受けに来た。
まだ大学1年生らしく、髪を茶色に染めてボブカット。わたしも大学に入りたてのころはそんな髪型にしてた。量産型ってやつ。
制服のスカートは短め。足はすらっときれいに伸びている。
いらつく女の子だな、と思った。鼻にかかった声で注文を繰り返すのが癇にさわる。
「雨の日も雨の日でいいよね」
商業ビルの15階のカフェの窓から見える都会の光景は、雨露にぬれてぼやけていた。それを淳也は褒めているのか。
だとしたら全くわたしと感性が合わない。
「そうかな」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。
それをすかさず淳也は拾い上げる。
いつもの顔の横に突き出た風に見える大きな耳で。
「雨に濡れた街って芸術的な感じがするじゃん? 子供の頃から雨が好きなんだよね、僕。小学校の時に――」
そこから淳也は小学生時代に書いた雨をテーマにした作文で担任教師からいたく褒められたエピソードを五分にわたって披露した。
はあ。
こっそりとため息をつく。
いつもこれだ。
わたしの存在なんてどうでもいいんだ、この人には。
自分の話ばかり。
自分がいかにすごい人間か、証明したくってたまらないんだ。
淳也のキラキラした目にはわたしの姿は多分映っていない。
退屈になって窓の外を眺めても、ぼやりとした風景しか見えず、なおのこといらいらする。
注文した抹茶がやってきてからも、ずっとわたしは淳也との会話に乗れずにいた。
なんだかこの景色みたいに、わたしの意識もぼんやりしてきた。昨日ちゃんと寝たはずなのに、眠い。
そういえば腰回りもなんだか重くだるい。
頭の先から足の先まで、スポンジでくるまれたようにすべてが鈍かった。
「ね、美央もそう思うよね?」
同意を求める言葉にふと我に返った。
「……あ、うん」
わけもわからず、適当な相槌を打つ。
「だよねー! やっぱ俺たちって気が合うね!」
どこがだよ。
ほとほと淳也にはあきれてしまう。わたしが話を聞いていないことにさえ、気づけないのだ。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「オッケー! いってら!」
カバンをもって、トイレに一時避難。
個室に入り、やっとこの不調の原因が分かった。
「女の子の日、だったか……」
慌ててトイレットペーパーで応急処置をする。
予定日よりだいぶ早い。
ここ数ヶ月、生理周期が乱れがちだったが、まさかここまで早まるとは。
道理で、体のあちこちが重たいわけだ。
だけどおかげで今日は早く家に帰れそうだ。
ナプキンじゃないので股のあたりにもごもごした違和感を抱えながら席に戻ると、
「おかえりー! それで、さっきのプロジェクトの話の続きなんだけどさ、」
わたしには一言たりとも話させないつもりであるかのように、淳也が口を開く。
慌てて手で遮る。
「ごめん、今日は帰らなきゃ」
「え? なんで!?」
親に見捨てられた子供のように、淳也は悲しげに眉を下げる。
「急に女の子の日になっちゃったの」
「……急に……」
こういう予想を裏切る展開になると、一転して無言になる。
きっと、シナリオにない言葉は発することができないのだ。
たとえば「大丈夫? しんどいよね」なんて言葉が咄嗟に出てこない。
そこがこの男の器の小ささなのだった。
「そっか……」
さて、どんな言葉をつなげるのだろう、と待ち構えていると、
「じゃあ、今日は妊娠の心配はないってことだ……よね?」
最も聞きたくない返事が、わたしの耳を驚かせたのだった。
「最低」
伝票を掴んでさっと立ち去った。
帰り道、1回だけ着信があったが無視した。追い打ちのように届いたメールには、
『機嫌が悪かったのは、生理のせいだったんだね!』
と、煽り立てる一言だけが書かれていた。
これが生理のせいなのか、淳也のせいなのかは――どちらでもいい。もう淳也に会うことはないのだし。
家に帰り、カイロをお腹に貼ってベッドに蹲った。
まだ午後5時の空には星はもちろん見えないけれど、わたしは星に願った。
女性だけが毎月痛い思いをしなきゃいけない不公平だけは、早めになくしてください――と。