失恋王女と護衛騎士
さすがにあれだけ公爵家の夜会で騒いでおいて、最後まで楽しんでいくような厚顔無恥な人間ではいられない。
にやにや笑うリヒャルトに、先に退出する旨と、グレッツナー公爵夫妻への謝罪を言伝ると、二人はそそくさと会場を後にした。リヒャルトの隣で、扇で口元を隠していたソフィーアは、おそらく笑いをこらえていたのだろう。恥ずかしさに顔から火が出そうだ、と思うと同時に、さすがはあのリヒャルトの婚約者を務めるだけのことはある、とついつい感心してしまう。
そうして現在、王女と護衛騎士は、二人馬車に揺られている。
しばらくお互い黙ったままであったが、耐えきれなくなったのか、とうとうランベルトが口を開いた。
「やっちゃいましたね……」
「言わないで……」
シャルロッテは、がっくりと肩を落とした。恥ずかしさに、まともに顔を合わせることもできない。
あの勘違い男にスパッと本音を言えたこと自体は、もちろん爽快だったし後悔はない。最初の時点でこうしていれば良かったのだ、と思うほどだ。
――まあ、エーミールがああしてあちこちで吹聴して歩くと知っていれば間違いなくそうしたと思うのだが。
はあ、と重たいため息をついて、シャルロッテはちらりとランベルトの顔を見た。突然告白してしまったようなものなのだ。さぞかし困っているだろうと思った彼は、なぜか口元に緩い笑みを浮かべている。
一瞬淡い期待を抱いたシャルロッテであったが、彼は特にそれから口を開くことはなく、黙って外を眺めていた。
「いやー、盛大にやりましたね」
「……言わないで」
にやにや笑うスヴェンの顔を一瞥して、シャルロッテは再びクッションに顔をうずめた。
「まさか、置き去りにされるとは思いませんでした」
「悪かったわよ……」
でも、とシャルロッテはクッションに顔を埋めたままもごもごと口の中で反論する。護衛として同道していたはずなのに、着いたとたんに姿を消したのはスヴェンの方ではないか。いつもは帰るまでにはいつの間にか戻っているので気にしたことはないが――シャルロッテは頬を膨らませた。
「いや、でもまあ……面白いものを見られました」
「……あの後、どうなったの?」
恐る恐る顔を上げて、シャルロッテが問いかける。すると、スヴェンは意味ありげに片目をつぶった。
「最高に効果がありましたね。まず、エーミール様ですが……」
ごくり、とつばを飲み込んで、シャルロッテはスヴェンを見つめた。愉快でたまらないと言わんばかりにふるふるとふるえる口元に、早く言えとせかす視線を送る。
「真っ赤になって『嘘だ!』とわめきながら、グレッツナー公爵家の使用人に連れていかれてました」
うわあ、最悪だ――シャルロッテは頭を抱えた。自分でやったことの結果とはいえ、これはちょっと聞きたくないほどの醜態である。仮にも公爵家の嫡男としての矜持とかは無いのか、と小一時間ほど問い詰めたい。
グレッツナー公爵には、後でしっかり謝罪をしなければ。温厚なダニエルの顔を脳裏に描きながら、シャルロッテはとりあえず心の中で「ごめんなさい」と呟いた。
「それで、その後の会場の様子ですが――」
聞きたいか、とスヴェンの視線が問いかけてくる。できれば聞きたくないのだが、そういうわけにいかないのはシャルロッテもわかっていた。
「……つ、続けてちょうだい」
「こちらの狙い通り、シャルロッテ殿下とランベルトの熱愛ぶりに女性陣は大喜び。既婚女性の方々も、これはもう婚約秒読みかと大変な盛り上がりようでしたね」
うんうん、と大きく頷くスヴェンに、シャルロッテはため息交じりに続きを促す。その程度で済んでいればありがたい限り――と思うくらいの事を仕出かした自覚はあるのだ。
「エーミール様ですが、殿下とランベルトの間に割り込もうと画策する――まあ、横恋慕している側、という認識になりましたね! コルネリア嬢を使って嫉妬を煽ろうとして失敗した、という……」
「ええぇ……そ、そっちへいくのね……」
がっくりと落とされたシャルロッテの肩を、スヴェンがぽんぽんと叩く。存外優しいその手つきに、シャルロッテは思わずすがるような視線を茶髪の護衛騎士に投げかけた。が、彼の顔つきは明らかにこの状況を愉しんでいるもので――王女はふたたびがっくりと肩を落とした。
「ここのところ、エーミール様がコルネリア嬢を夜会に伴わないことも、その話に信憑性を持たせているようなので、まあ……自業自得というものでは」
「そう、それなのよ……あの、コルネリア嬢は……」
「聞くところによれば、病にて静養中とのことですが、これも話の出どころはエーミール様のようでして。ただ、確かにここのところ、彼女は邸から一歩も外に出ていないと聞いています」
「そう……」
シャルロッテは首を傾げた。どうにこうにも、おかしなことだらけのように思われる。
そもそも、最初に会ったときのコルネリア嬢の様子からしておかしかった、とシャルロッテは目を閉じて考えた。
真っ青な顔をして震えていたコルネリア嬢。最初は、王女から恋人を奪った――という立場ゆえか、もしくは王族相手に満足な礼を取らせてもらえないことによるものか、と思っていたが、それにしても不自然極まりない。
「彼女、確かバールケ子爵家のご令嬢だったわよね……」
「ええ、しかも、シャルロッテ殿下と同じ歳の」
「……彼女、本当にエーミールにいさまの恋人なのかしら」
「そこなんですよねえ」
スヴェンも大きく頷いた。
「バールケ子爵家と言えば、まぁまぁな資産家です。領地収入よりは、当代の当主が始めた投機が上手くいっているとか。確かにこのシーズン、歌劇場でエーミール様と一緒の姿を良く目撃されていますが……」
さすがは優秀な護衛騎士である。そこまで調べ上げているとは大したものだ。情報源はやはり、会場内の淑女のみなさまだろうか。
「コルネリア嬢は、領地から出てきたばかりとあって親しい方もほとんどいないようでして」
スヴェンはお手上げとでもいうように、両手を挙げた。シャルロッテは、それを見てため息をつく。
ここで推論ばかりを上げていても仕方がない。シャルロッテには、それ以外にも悩ましい問題がある。
「ところで殿下、昨日あの後――何かありましたか」
シャルロッテの浮かない顔色を見て、スヴェンは一瞬迷うような表情を浮かべた後、結局直球を投げることにしたらしい。それを受けて、王女は「うっ」と息を飲んだ。
昨日の、その後。
そう、シャルロッテにとって今一番悩ましい問題は、それである。エーミールの件など、それの前では些事――とまでは言わないが、少なくとも序列は低い。
「いやあ、熱烈な告白でしたからね……見ていたこちらが赤面しそうなほどの」
「い、言わないで……」
シャルロッテは消え入りそうな声でそう言うと、再びクッションに顔をうずめた。できれば触れられたくない話題だが、しかし聞いて欲しい話題でもある。
相反する二つの感情に支配されながら、シャルロッテは淀んだ視線をスヴェンに向けた。
にやにや笑うリヒャルトに、先に退出する旨と、グレッツナー公爵夫妻への謝罪を言伝ると、二人はそそくさと会場を後にした。リヒャルトの隣で、扇で口元を隠していたソフィーアは、おそらく笑いをこらえていたのだろう。恥ずかしさに顔から火が出そうだ、と思うと同時に、さすがはあのリヒャルトの婚約者を務めるだけのことはある、とついつい感心してしまう。
そうして現在、王女と護衛騎士は、二人馬車に揺られている。
しばらくお互い黙ったままであったが、耐えきれなくなったのか、とうとうランベルトが口を開いた。
「やっちゃいましたね……」
「言わないで……」
シャルロッテは、がっくりと肩を落とした。恥ずかしさに、まともに顔を合わせることもできない。
あの勘違い男にスパッと本音を言えたこと自体は、もちろん爽快だったし後悔はない。最初の時点でこうしていれば良かったのだ、と思うほどだ。
――まあ、エーミールがああしてあちこちで吹聴して歩くと知っていれば間違いなくそうしたと思うのだが。
はあ、と重たいため息をついて、シャルロッテはちらりとランベルトの顔を見た。突然告白してしまったようなものなのだ。さぞかし困っているだろうと思った彼は、なぜか口元に緩い笑みを浮かべている。
一瞬淡い期待を抱いたシャルロッテであったが、彼は特にそれから口を開くことはなく、黙って外を眺めていた。
「いやー、盛大にやりましたね」
「……言わないで」
にやにや笑うスヴェンの顔を一瞥して、シャルロッテは再びクッションに顔をうずめた。
「まさか、置き去りにされるとは思いませんでした」
「悪かったわよ……」
でも、とシャルロッテはクッションに顔を埋めたままもごもごと口の中で反論する。護衛として同道していたはずなのに、着いたとたんに姿を消したのはスヴェンの方ではないか。いつもは帰るまでにはいつの間にか戻っているので気にしたことはないが――シャルロッテは頬を膨らませた。
「いや、でもまあ……面白いものを見られました」
「……あの後、どうなったの?」
恐る恐る顔を上げて、シャルロッテが問いかける。すると、スヴェンは意味ありげに片目をつぶった。
「最高に効果がありましたね。まず、エーミール様ですが……」
ごくり、とつばを飲み込んで、シャルロッテはスヴェンを見つめた。愉快でたまらないと言わんばかりにふるふるとふるえる口元に、早く言えとせかす視線を送る。
「真っ赤になって『嘘だ!』とわめきながら、グレッツナー公爵家の使用人に連れていかれてました」
うわあ、最悪だ――シャルロッテは頭を抱えた。自分でやったことの結果とはいえ、これはちょっと聞きたくないほどの醜態である。仮にも公爵家の嫡男としての矜持とかは無いのか、と小一時間ほど問い詰めたい。
グレッツナー公爵には、後でしっかり謝罪をしなければ。温厚なダニエルの顔を脳裏に描きながら、シャルロッテはとりあえず心の中で「ごめんなさい」と呟いた。
「それで、その後の会場の様子ですが――」
聞きたいか、とスヴェンの視線が問いかけてくる。できれば聞きたくないのだが、そういうわけにいかないのはシャルロッテもわかっていた。
「……つ、続けてちょうだい」
「こちらの狙い通り、シャルロッテ殿下とランベルトの熱愛ぶりに女性陣は大喜び。既婚女性の方々も、これはもう婚約秒読みかと大変な盛り上がりようでしたね」
うんうん、と大きく頷くスヴェンに、シャルロッテはため息交じりに続きを促す。その程度で済んでいればありがたい限り――と思うくらいの事を仕出かした自覚はあるのだ。
「エーミール様ですが、殿下とランベルトの間に割り込もうと画策する――まあ、横恋慕している側、という認識になりましたね! コルネリア嬢を使って嫉妬を煽ろうとして失敗した、という……」
「ええぇ……そ、そっちへいくのね……」
がっくりと落とされたシャルロッテの肩を、スヴェンがぽんぽんと叩く。存外優しいその手つきに、シャルロッテは思わずすがるような視線を茶髪の護衛騎士に投げかけた。が、彼の顔つきは明らかにこの状況を愉しんでいるもので――王女はふたたびがっくりと肩を落とした。
「ここのところ、エーミール様がコルネリア嬢を夜会に伴わないことも、その話に信憑性を持たせているようなので、まあ……自業自得というものでは」
「そう、それなのよ……あの、コルネリア嬢は……」
「聞くところによれば、病にて静養中とのことですが、これも話の出どころはエーミール様のようでして。ただ、確かにここのところ、彼女は邸から一歩も外に出ていないと聞いています」
「そう……」
シャルロッテは首を傾げた。どうにこうにも、おかしなことだらけのように思われる。
そもそも、最初に会ったときのコルネリア嬢の様子からしておかしかった、とシャルロッテは目を閉じて考えた。
真っ青な顔をして震えていたコルネリア嬢。最初は、王女から恋人を奪った――という立場ゆえか、もしくは王族相手に満足な礼を取らせてもらえないことによるものか、と思っていたが、それにしても不自然極まりない。
「彼女、確かバールケ子爵家のご令嬢だったわよね……」
「ええ、しかも、シャルロッテ殿下と同じ歳の」
「……彼女、本当にエーミールにいさまの恋人なのかしら」
「そこなんですよねえ」
スヴェンも大きく頷いた。
「バールケ子爵家と言えば、まぁまぁな資産家です。領地収入よりは、当代の当主が始めた投機が上手くいっているとか。確かにこのシーズン、歌劇場でエーミール様と一緒の姿を良く目撃されていますが……」
さすがは優秀な護衛騎士である。そこまで調べ上げているとは大したものだ。情報源はやはり、会場内の淑女のみなさまだろうか。
「コルネリア嬢は、領地から出てきたばかりとあって親しい方もほとんどいないようでして」
スヴェンはお手上げとでもいうように、両手を挙げた。シャルロッテは、それを見てため息をつく。
ここで推論ばかりを上げていても仕方がない。シャルロッテには、それ以外にも悩ましい問題がある。
「ところで殿下、昨日あの後――何かありましたか」
シャルロッテの浮かない顔色を見て、スヴェンは一瞬迷うような表情を浮かべた後、結局直球を投げることにしたらしい。それを受けて、王女は「うっ」と息を飲んだ。
昨日の、その後。
そう、シャルロッテにとって今一番悩ましい問題は、それである。エーミールの件など、それの前では些事――とまでは言わないが、少なくとも序列は低い。
「いやあ、熱烈な告白でしたからね……見ていたこちらが赤面しそうなほどの」
「い、言わないで……」
シャルロッテは消え入りそうな声でそう言うと、再びクッションに顔をうずめた。できれば触れられたくない話題だが、しかし聞いて欲しい話題でもある。
相反する二つの感情に支配されながら、シャルロッテは淀んだ視線をスヴェンに向けた。