きみに ひとめぼれなおし
こんなに不安に襲われるようになったのは、三年生になってクラスが離れてしまってからだ。
しかも、廊下の端と端に。
私と勝見君が一緒に過ごす時間は、放課後、勝見君が部活に行くほんの数十分だけ。
その時間に勝見君は図書室で私に勉強を教えてくれたり、掃除当番の時は一緒にゴミ捨てに行ってくれる。
長い一日の中の、ほんの数十分。
その時間が、一日の中で一番大好きな時間だった。

シャープペンの先から繰り出される数式はいつだって意味不明なのに、勝見君がノートに並べていく作業はずっと見ていても飽きなかった。
いとをかしな古語も、呪文のような英単語も、私の耳に心地よく響いた。
筆圧の低いうっすらとした文字。
耳をくすぐる吐息交じりの声。
解き終わるごとに頭を包む大きな手と「よくできました」の優しい言葉。
机の下でつなぐ手と、教科書の裏で交わされる、秘密のキス。

この時間を過ごすために、私は学校に来ているんじゃないかと思う。
それしか、楽しみがない。
あとは時々移動教室ですれ違ったり、お互いのクラスをちらりとのぞいて視線をかわしたり。
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