きみの手の生命線を書き足して、
きみの手の生命線を書き足して、
食卓に、朝から時間をかけて作った料理を並べる。
夫の好物のビーフシチューと、わたしの好物の鶏もも肉の唐揚げとフライドポテト。それからオニオンサラダにトマトのマリネ。焼きたてのベーグル。デザートには珈琲ゼリーを用意して、飲み物は赤ワインと、さくらんぼが乗ったメロンクリームソーダだ。冷蔵庫にはアパレイユに浸した分厚い食パンもあるけれど、これは明日の朝食用になるかもしれない。
わたしがキッチンにこもっている間、夫は部屋中の掃除と飾り付けをしてくれた。折り紙で作った輪飾りに吹流しに折り切り花、カラフルな風船やガーランドを設置して、壁には大きな「おめでとう」の文字。
夫はこういう作業が得意なのだ。彼は「幼稚園のお誕生日会みたいだね」と苦笑するけれど、わたしは料理はできても、こんなにカラフルで華やかな装飾は作れない。素直に凄いと思うし、気に入っている。
一年に一度しかない特別な日なのだから、いつもと違うことがしたいのだ。
数年前までは外食をして記念日を祝っていたけれど、こうして自宅で、というのもなかなか楽しい。店で注文したら少し気まずいくらい雑多な、自分たちの好みのものばかりを並べた食卓を見るのも楽しい。
それでも夫は、豪華な料理をわたしに作らせることと、幼稚園のお誕生日会のような装飾を、毎年気にしている。
そして食卓に並んだ料理を見て、困ったように眉を下げる。
「せっかくの結婚記念日なのに、すまないね」
「いいよ、気に入ってるって何度も言ってるでしょ」
「僕が料理の手伝いをできるといいのだけれど」
「代わりに装飾をしてくれるんだから、おあいこでしょう」
「負担が違うよ」
「最近やけに感傷的ね、歳?」
「それはそう」
「ふふ、まだまだ元気でいてもらわなきゃ困る」
「来年の結婚記念日までに、どこか良い店を探さないとね」
「それも毎年言ってる。仕方ないよ、通っていた馴染みの店は、どこも閉店してしまったんだもの」
「そうだね、仕方ないことだね」
「さ、冷めないうちに食べましょう」
肩を竦める夫の背中を押して、席につく。
仕方のないことは仕方がない。いつまでもそこに在り続けるものなんてないのだ。刻一刻と状況は変わり、それは好転するかもしれないし、しないかもしれない。
その結末がどうあれ、わたしたちは受け入れなくてはならないのだ。
有機農法で丁寧に栽培したぶどうから造られたという、ちょっと良いワインをグラスに注ぐ。
わたしたちが結婚した年のワインも、飲めなくなって久しい。これもまた、受け入れなくてはならない。
それでも今年もふたり揃ってこの日を迎えられたことは、何より嬉しいことだ。
「二百回目の結婚記念日おめでとう」
来年もふたり揃って、二百一回目の結婚記念日を祝えますように。祈るような気持ちで、少しスパイシーなワインを飲み込んだ。
そうだ、ふたりでもっと長生きできるように、この後油性ペンで生命線を書き足してみようか。そして誓おう、二百年後も一緒にいようと。
(了)