会うことは決まっていた
1.
 この頃、パート帰りに通る小さな薬局の店内をチラッと見る癖がついた。
 働いているパン屋と同じ商店街の中にある“草壁薬局“だ。
 
(今日は若旦那さんは……いない)

 少しがっかりする自分がおかしい。
 
 1年前。
 ずっと家出していたここの娘さんが突然一人の男性を連れてきて一緒に住みたいと戻ってきた、というのは商店街では有名な話らしい。
 その人の外見から間男なのじゃないかともっぱらの噂で、私はずっと興味半分で店内を覗き見ていた。
 その男性が大旦那さんの代わりに店番をしていることがあると聞いたからだ。

(どんないい男なのよ。外に働きにも出ないで、居候してるとか……どういう男なの?)
 
 見当違いな反感もあって、その間男とやらを一目見ようと店の前を通りかかるとドアの中を目を凝らしてみるようになっていた。

 ある日、いつものようにチラリと店の中を覗くと、ドア付近にたっていた男性がこちらを向く。
 途端、2つの黒い瞳がギラっと光った。

「っ!」

 あまりに強いその目力に思わず足も止まって、息を呑んだ。
 大旦那さんではない。
 若すぎる感じもしないが、長身で割としっかりした体つきの男性だった。

(もしかして、この人なの?)

 ウェーヴのかかった前髪が目を隠すくらい長くて、その中で光っている瞳はぼんやりしているようでもあり、隙なく光っているようでもあった。
 2秒くらい足を止めてしまっただろうか。
 相手も私の存在に気づいて顔がこちらへゆらりと向いた。

「こっち来る!?」

 私は慌てて視線を前に戻すと、早歩きで帰るべき家のある方へと向かう。
 急いでいるという理由ではない鼓動の速さが私を戸惑わせた。

(とても結婚して落ち着いている男性に見えなかった)

 獲物がいればすぐに取って食われるんじゃないかと思わせる肉食感が、ガラスのドア越しでもわかる人だった。
 そんな人を見てしまったから、私は薬局の前を通る時に少し意識するようになってしまったのだ。

 既婚の私が、その人とどうなるわけでもないのに。

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