会うことは決まっていた
「決まってたんだよ。俺がそういう未来を思い描いてたから。魂が繋がる女性に会える未来をね。そうしたら瑠璃さんがいた」
パン屋で会った時、本当に過去に会ったことがあるような気がしたのだという。
(それで”どこかで会った?”って聞いたんだ)
すぐには信じられない気持ちだったけれど、嫌な感じはない。
それどころか胸がきゅんと締め付けられる感じがして、言葉にならない嬉しさが込み上げる。
(運命って本当にあるのかな?)
(でも、だからといってどうするってこともできないよね)
この関係の限界を感じていると、史さんはくすりと笑った。
「今の、本気にした?」
「え??」
「最近ようやく出て行く金も溜まって……そろそろ潮時かなって思ってるんだ」
近々ここを出ていくのだと知り、一瞬ふんわりした心が急に冷えていく。
そして、咄嗟に抑えきれない怒りが湧いた。
「からかったんですか!? ひどい」
「瑠璃さん」
拳を上げた私の手を掴み、彼は困ったように黙ってしまった。
(顔を見るだけでも癒されるかなって思っていたのに。こんな思わせぶりなことを言って去るつもりだなんて……)
涙ぐむ私の顔を見下ろし、史さんは綺麗な黒真珠のような瞳を揺らがせた。
「本気だって言われても困るのは瑠璃さんでしょ?」
「……」
「またどこかで会えるといい……それくらいに思っていた方がお互い楽だよ」
縛れないと理解している私でも、今こんなことを言われると彼の手を握りたくなってしまう。
法律で縛られないという自由を得ている人は、こんなにもふわふわしていて、掴みどころがないもののようだ。
(史さんと、もう会えなくなる)
頭では理解していても、胸の痛みは正直に強さを増していく。
どうしてさほど交流のない彼に、こんな感情を抱くのか自分でもわからない。
(わからない、けど……)
夜と同じ疼きが始まり、一旦落ち着いていた体に熱が灯った。
抗えない欲求が、子宮と心臓から送られてくる。
(こんなこと、本人を目の前に言えるはずない)
今だけでいいから慰めてほしいなんて。
言えない。
そんなの恥ずかしいことだ。
女の肉体を持った自分が恨めしい。
この人の吸い寄せる性的魅力が、憎らしい。
でも、心のどこかで、史さんが私を惹きつけるのは性的なものだけじゃない感じもしていた。
(何と問われても答えられないんだけど……)
彼を想像して自分を慰める時、言葉にできない安堵が訪れる。
体だけでなく心も抱きしめられるような。そんな感覚だ。
だから毎晩あの疼きが襲ってきても、実はそんなに嫌だとは思っていない。
黙って自分の体が発するシグナルに耳を傾けていると、史さんがスッと私の方へ近寄ってきた。
「叶えてあげようか」
じっと見つめるその瞳は、初めて見た時と同じギラついた猛獣のような光を放っている。
心臓が破裂しそうなほど高鳴り、私は声にならない声で尋ねた。
「……何を……ですか」
「瑠璃さんが望んでいること」
「あっ」
言うなり頬に手がかかり、自然な流れで唇が塞がれる。
(熱い……)
送り込まれてくる熱で、心臓が焼き切れそうになる。
妄想かと思ったその熱や痺れは、毎晩体感しているものと同じだ。
そう感じた途端、私の中の理性はあっさりと外れてしまった。
「史さん……」
答える代わりにキスを返すと、史さんは遠慮なく私を畳の上に押し倒した。
「ごめん、本当は俺も我慢できない」