会うことは決まっていた
 それからは彼がパンを買いに来ることもなく、私はまた薬局前を通るだけの生活になった。
 ただ、あれからポインセチアの植木鉢は店内に入れて、夕方になると段ボールの箱で囲ってやることにした。
 これでまた去年のようにクリスマスには赤い花が咲くと伝えると、店主も喜んでいた。

(今は9月だから、あと3ヶ月くらいで赤くなるのか。ちゃんと自分がどれだけ光を浴びているのか認識しているなんて、すごいな)

 普段あまり意識していなかった自然の不思議を感じ、私はポインセチアの様子を見るのが楽しみになっていた。
 きちんと適した環境を用意してあげれば、何年も花を咲かせるんだというのが胸をちょっとワクワクさせた。



「ふう、今日も働いたな」

 お店を上がって外に出ると、軽く頭痛がしてこめかみを抑える。

(また台風でもできたかな)
 
 いつもポーチに入れている頭痛薬が切れていて、少し考える。

(草壁薬局で買うのもアリだよね)

 駅前でも買えるけれど、最も近い場所にあるのは草壁薬局だ。

(駅前だと遠いし、早く頭痛を治したいから……だから)

 『近いから行くのだ』という言い訳を心に刻み、私は初めて薬局のドアを開けた。

 すると、中にはPCに何か打ち込みながらタバコを咥えた男性が横を向いて座っている。

「いらっしゃい」

 こちらも見ずに、心の入っていない挨拶をした。
 
(このご時世に薬局でタバコを咥えるなんて、どういう神経なの? 大旦那さんは何も言わないのかな)

「あの、この前はありがとうございました」

 ポインセチアのことでお礼を言うと、男性はだるそうにチラッとこちらを見て、すぐにまたPCの画面に目を戻す。

「この前って?」

(覚えてない……?)

「あの……私、“パンドマム“の金井です」
「……あー、あのパン屋の」

 ぼんやり思い出した様子で、彼はキーボードを打つ手を止めてしっかりとこちらを見た。
 愛想を見せる気はさらさらない様子で、私が何か言い出すのを待っている。

(気が合わない感じがする)

 私は頭痛が増したのを感じて、とりあえず頭痛薬が欲しいことを伝えた。
< 3 / 12 >

この作品をシェア

pagetop