会うことは決まっていた
冷えた夫婦生活はそれ以降ますます凍てついてきて。
最近では私も開き直り、夕飯を待つこともしなくなった。
(疲れたな)
夜のあの疼きは、最近あまり強く襲ってくることはなく……私の中のエネルギーも枯渇しそうだ。
目頭を指で軽く押さえていると、交代でレジをやっているスタッフさんが心配そうに顔を覗き込む。
「瑠璃ちゃん、大丈夫?」
「あ、はい。ちょっと熱っぽさが取れなくて……」
「風邪かしら。病院行ったほうがいいわよ」
「そう……ですね」
(病院って感じでもないんだよね……風邪薬を飲んだらどうかな)
店を早めに上がらせてもらうと、私の足は無意識に草壁薬局へと向いていた。
(史さん、いるかな)
明らかな期待を抱きつつ、顔を見たらどうなってしまうんだろうという恐れもあった。
それでも会わないという選択肢はなくて、私は決心してお店のドアを開けた。
「いらっしゃい」
期待通り、その日の店番は史さんだった。
特に嬉しい様子も見せないその表情に、私の心はスッと冷めた。
(あ……あの妄想を抱いていたのは私の一人相撲だった。やっぱりあれは私だけの妄想なんだ)
どこかで彼と繋がっているのではないか、と、微かな希望を抱いていた。
夜に秘密で彼と想いだけで繋がっているのではないか……と。
でも、そう思っているのは私だけで、彼にしてみたら久しぶりに立ち寄った客にすぎない。
(なんだか馬鹿みたい)
「お久しぶりです。この前は大福ありがとうございました、美味しかったです」
「それはよかった。で、今日はどうしたの」
「熱っぽいので風邪薬を……」
史さんはじっと私の顔を見つめると、右手で軽く手招きした。
「?」
吸い寄せられるように彼の前に立つと、舌を見せてと言われる。
照れつつも舌先を見せると、彼はふむと頷いて、不意に手首を握った。
驚いたけれど、すぐに脈を見ているのだとわかって、そのままじっとしていた。
「んー……風邪ではないかな。ただ、体に熱がこもってて放出できずにいる感じだな」
言葉と共に、男らしいゴツゴツした手が私から離れた。
この時感じた寂しさは、言葉には言い表せない。
「そ、そうなんです。体調は悪くないんですけど」
「そういう時に薬を飲んでどうにかするっていう考えを、まずどうにかしたほうがいいね」
「……ですね」
自分が先日までどんな妄想をしてしまっているか考えると、顔が燃えるように熱くなってくる。
(恥ずかしい。こんなこと知ったら、きっと呆れられる)
目を伏せて落ち着きなくしている私の様子にふむと頷き、史さんは一本のドリンク状の漢方を出してくれた。
「これ、今飲んだらいいよ。すぐ楽になるから」
それは体の熱を取りながらも冷やさないという、巡りのよくなるものらしい。
(夜の妙な疼きも、これでとれるかな。だったらいいな)
「じゃあいただきます」
「うん。1200円だけどいい?」
「はい」
お金を払うと、私はドリンク剤を喉に通した。
複雑に苦みと甘みが混じった味がちょっと抵抗感あったけれど、楽になるという言葉に背中を押されて一気に飲み干した。
少しすると胃に落ちた漢方薬が、じわじわと体の熱をとってくれる感じがしてくる。
(あ、本当にすごい。これ、効くんだ)
「ありがとうございます。効いてきました」
「よかった。まあ、せっかく赤くなりそうな花を萎ませるのは惜しいけどね」
「え?」
尋ね返すけれど、それには答えずに彼は思い出したようにポインセチアの話をした。
「そういえばあの鉢、今年のクリスマスには赤くなりそう?」
(あ、お店で会ったことやっぱり覚えてたんだ)
初めて薬局に寄った時、わからないふりをしたのは何か意味があったのだろうか。
「多分なると思います。頭の部分がうっすら白くなってきたような、気もします」
「そう。花の声は聞こえるようになったんだ……自分の声はまだみたいだけど」
「声?」
「瑠璃さんが自ら耳を塞いでる声だよ。本能に逆らったら心も体も不自然になる……そう思わない?」
(本能に逆らう? 私が?)
「それって、どういう……」
尋ね返そうと彼の瞳を見ると、なぜかまたぐんっと熱が上がった気がして眩暈が襲ってくる。
「瑠璃さん?」
「す、すみません……どこか座るとこ……」
(床が動いて見える……倒れそう)
「っ、瑠璃さん!」
史さんが私の体を支えてくれるのを理解したと同時に、意識が遠のいた。