再会は甘い恋のはじまり…とはかぎりません!(おまけ追加しました)

翌日の出勤は過去イチの静けさだった。
いつもはうるさいくらいに騒ぐつむぎがおとなしかったからだ。

チャリチャリとこぐ自転車の音だけがやけに響く。

朝ごはんを食べているときも、つむぎは「おじちゃんのお部屋で食べたパンがおいしかった」とポツリとこぼす。

事あるごとに「おじちゃんが…」「おじちゃんのお部屋は…」と繰り返した。

母と会った後も、〝おばあちゃん〟を引きずることはあるけれど、ここまで引きずることはない。

健斗は予想以上につむぎの心に大きく入り込んだようだ。

託児ルームに着いても静かに部屋に入っていき、いつものように「ママ、お仕事頑張ってね」と見送ることをしない。

祥もつられてシュンとなり、恵子先生に心配される始末だ。

いかんいかんと気持ちを奮い立たせて、仕事に向かう。

明日は休みなので、ゆっくり対策を練ろう。

気合を入れて頬をパンパンと叩いた。

午後、祥が一人でカウンターに立っていると、健斗の姿が見えた。
真っすぐこちらにやって来るのがわかって、祥は緊張しながら待ち構える。

昨日の今日でまさか催促!?
健斗が目の前にドーンと立った時の威圧感といったらない。

祥は眼が泳がないように気をつけながら、「いらっしゃいませ」と型どおりの挨拶をした。

「子どもの具合はどうだ」
「お陰様でもう大丈夫です。この度は本当にお世話になりました」

「話の続きをしたい。また時間を取ってもらえないか」

健斗の態度には、嫌とは言わせない、という強い意志が感じられた。

困った祥が口を開きかけたその時、「健ちゃん!」という弾んだ声が聞こえた。

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