再会は甘い恋のはじまり…とはかぎりません!(おまけ追加しました)

「田中様と私は『珈琲』のお客様とホール係という関係でした。あなたが注文するのは必ずブレンドコーヒーとサンドイッチで、私はあなたに自分が作ったものを食べてもらいたくて、サンドイッチの作り方を教えてもらったんですよ。当時学生だった私の憧れの人だったんです」

懐かしい思い出がよみがえる。
窓際で静かに本を読む健斗、「Trick or treat」と言っていたずらっ子のように微笑む健斗、いろんな姿を久しぶりに思い出して胸が温かくなる。

「実は、田中様は私の初めてのデートの相手です。デートの日はドキドキして、とても楽しくて、今でもいい思い出になっています」

その節はありがとうございました、と祥は笑った。

「田中様の気がかりになっている『約束』ですが、多分それは私との約束で間違いないと思います。あなたがロンドンにお帰りになるときに、何か約束したような気がするので。でも、私もどんな約束だったかはよく覚えていません。それだけ月日が経ったということです。だからあなたはもう、無くした記憶を取り戻そうと努力する必要はないんです。どうか今ある幸せを大事にしてください」

健斗の顔は夕闇の中でもはっきりと見えた。
驚いたような顔。
まさか祥がそんなことを言うとは思っていなかったのかもしれない。

やっぱり責任を取ろうと覚悟していたのか。真面目だなぁ。
祥は心の中で苦笑した。

「それと、つむぎの事ですが…。つむぎの親は私一人です。私だけの子どもです。あなたとは何の関係もありません」

祥は静かに、でもハッキリと言い切った。

何も言わず立ちすくんでいる健斗を二秒見つめる。

さようなら、健斗。
大好きだったよ。
つむぎを授けてくれてありがとう。

最後に深く頭を下げると、祥は建物の中にまた戻っていった。

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