再会は甘い恋のはじまり…とはかぎりません!(おまけ追加しました)

京都に行ったら美味しいコーヒーが飲める喫茶店を探さなければならない。
なぜか、健斗はそう思っていた。

コーヒーの濃厚な香り。
舌が覚えているサンドイッチのソースの味。

途切れ途切れの記憶の中に、なぜか嗅覚や味覚の記憶だけが鮮明に残っている。
大事なものに繋がるカギだと、誰かが教えてくれている気がした。

     *

四年前、健斗は交通事故に遭った。
目の前で小さな子どもが車道に飛び出し、咄嗟にかばって健斗も事故に巻き込まれたのだ。

命に別状はなかったが、目を覚ましたとき頭にモヤがかかったような状態になっていた。
過去のことを思い出そうとしても思い出せない。

『記憶が失われているようです』
そう言われた時の衝撃はすごかった。

子どもの頃のエピソードは、細切れに覚えていた。
欠けている部分は、親に「あなたはこうだったのよ」と言われたことが『事実』として認識されていく。

本当かどうかわからないことを、信じ込ませていくのは怖いことだが仕方がない。
残されているビデオの映像や写真も手伝って、『そう言われるとそうかもしれない』と思いながら記憶を埋めてきた。

でも京都で過ごした学生時代のことは、ほとんど忘れてしまっていた。
古びたキャンパス、実習の際の白衣、そういったものがチラチラとよぎるだけだ。
ただ、お世話になった教授のことは覚えていて、勉強したこともしっかりと知識として残っている。

記憶と知識は違うのだろうか。不思議なものだ。

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