再会は甘い恋のはじまり…とはかぎりません!(おまけ追加しました)
『珈琲』に入った時、この店を知っている気がすると感じた。
香ばしいコーヒーの香りが、鮮明に残っている嗅覚の記憶と一致する気がしたのだ。
その後口にしたコーヒーとサンドイッチの味を引き金に、眩暈がするほど、急激にいろんなものが押し寄せてくる。
この味、健斗に気安く話しかける常連客、全てがここが探し続けていた店だと言っていた。
コーヒーとサンドイッチ以上に、既視感があるものがあった。
ホール係をしている泉ホテルのコンシェルジュだ。
祥ちゃんと呼ばれているのを聞いた時、胸が締め付けられるような気がした。
混乱する健斗に追い打ちをかけたのが、彼女の娘だ。
髪と眼が健斗と同じベージュで、にっこりと笑う顔は確かに見覚えがある。
娘は健斗に瓜二つだったのだ。
祥は娘を健斗から引き離すように連れて行き、健斗がいる間は戻って来ないことが明らかだ。
健斗も頭が混乱していたので、少し整理する必要があった。
帰り際、勇気を出してマスターに訊ねた。
「教えて下さい。私はここによく来ていたんでしょうか?」
頭のおかしいやつだと思われてもいい。
すがるような思いでマスターを見ると、「あぁ、よく来てくれていたよ」という返事が返ってきた。
「いつもブレンドコーヒーとサンドイッチを食べていた。他の常連客ともよく話をしていたし、当時ホール係をしていた祥ちゃんとも仲がよかったんじゃないかな」
「彼女は結婚しているんですよね?」
健斗が聞くと、マスターは逡巡しながら付け加えた。
「…いや、祥ちゃんは結婚していない。一人で子どもを産み育てているんだ」
健斗は宙を仰ぎ見る。
『大事な約束』
健斗は一番忘れてはいけないものを忘れてしまったのかもしれない。