一度は消えた恋ですが――冷徹御曹司は想い続けた花嫁に何度でも愛を放つ
プロローグ
世田谷の住宅地にある打ち放しのコンクリートを大胆に使った門の前に立って、紗羽は深呼吸をした。
ここにくるのは久しぶりだ。
屋敷の外観はなにも変わっていないように見えるが、高い塀の上にちらりと見える木々がずいぶん枝を伸ばしている。
八月下旬だというのに、まだ蝉しぐれがうるさいくらいだ。この夏の暑さのせいだろうか。
この時期、広大な庭の芝生も青々としていることだろう。
紗羽は薄手のスーツの襟を指先で整えた。
上品なクリーム色は紗羽によく似合っていると店で太鼓判を押されてはいたが、少しの乱れもみせたくないのだ。
午後の日射しが強くて汗ばむくらいだが、指先が冷たいのは緊張しているせいかもしれない。
(この屋敷に戻れなくなったのは三年前の秋……九月だったわ)
あの頃、『いつお戻りですか?』『お月見の準備はいかがいたしましょう』と家政婦が何度も連絡をくれたことを思い出した。
(私、なんて答えたんだったっけ……)
忘れていた日常の会話が、屋敷に再び戻ったことで蘇ってきたようだ。
すっと息を呑みこんでから紗羽はインターフォンを鳴らした。
応答を待っていると、年配の女性の声がする。
『どちら様でしょうか?』
「紗羽です」
『えっ⁉』
相手の戸惑う声が聞こえたが、すぐに門扉が大きく両側に開いた。
紗羽はまっすぐに正面玄関に向かう。
オーク材の玄関ドアがガタンと音をたてて開いたと思ったら、小柄な女性が転がるように飛び出してきた。
「お久しぶりです、三船さん。」
「紗羽さん……」
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